大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和23年(ワ)3316号 判決

原告 井門富士逸

被告 国

一、主  文

被告は、原告に対し東京都世田谷区太子堂町四百二十六番地所在木造瓦葺二階建一棟建坪六十八坪七合五勺外二階六十七坪七合五勺を明け渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求めその請求原因として、次の通り述べた。

「一、原告は、その所有に係る主文第一項掲記の家屋を、昭和十九年七月一日東京逓信局に対し、世田谷郵便局保險分室用として賃料月額金九百円、賃貸期間は、昭和二十年三月三十一日迄、但しこの期間満了前に当事者の一方から解約の通知を爲さないときは、満期の翌日から起算して満一箇年間なおその効力を有するものとする。その後の満期のときも亦同し、等の定めで賃貸し、その後右但し書きの約旨に基いて契約を更新し、引き続き同局において使用してきた。

二、原告は、その後本件家屋を自ら使用する必要に迫られた。すなわち、原告は終戰前においては、家具の販賣を業として、品川に本店を設け、蒲田、武藏小山、三軒茶屋、川崎市及び神奈川等に支店又は出張所を設けて、店員百六十五名、下職三百人余を雇用し、手廣く営業していたのであるが、戰災により本件家屋の外いずれも罹災した。原告はなお、肩書地に七十坪余の居宅を有するが、それは営業に適さない。原告は、家族五人と外地から引き揚げた近親者約十一人を擁してこれらを就業させねばならぬ事情もあるので、本件家屋の明け渡しを受け、同所で営業をしてゆかない限り、経済的破綻に瀕する事情に立ち至つたのである。よつて原告は、しばしば被告に対し明け渡しを求めてきたが、他方被告は、当初世田谷郵便局保險分室として使用する目的で賃借したのに、昭和二十四年四月十六日頃からは、さらに本件家屋に貯金課を併置してことさら使用目的を増大するの不信を敢えてしている。以上の事実は借家法にいわゆる賃貸借の更新を拒むにつき正当の事由ある場合に当るから原告は止むを得ず昭和二十四年六月二十二日内容証明郵便をもつて、東京郵政局長(当時、行政機構の変革によつて、前記逓信局の郵便関係事務は東京郵政局によつて引き継がれていた)に対し、前記賃貸借契約の約旨に基き契約期間の更新を拒絶する旨の通知を爲し、右通知は、同月二十四日同局長に到達している。

よつて、前掲賃貸借契約は前記約旨に從つて、その後の期間満了日である昭和二十五年三月三十一日限り当然終了するものである。

三、而して、これよりさき、原告は昭和二十三年三月十五日東京逓信局を相手として、澁谷簡易裁判所に調停を申し立てたが、相手方に誠意がないので、不調になつた。よつて、被告に対し本件家屋の明け渡しを求める。

被告の抗爭事実はすべてこれを否認する。もつとも、原告が昭和二十二年九月二十三日に被告に対して賃料を一箇月金五千円に値上げを要求し、その後同年十一月十日に解約を申し入れたことは事実であるが被告が値上げに應じないから明け渡しを求めたわけではない。また被告は法定の修正率による賃料の増額にすら應じなかつたものである。」と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求は、これを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、次の通り述べた。

「原告の主張事実中一の事実は認める。

二、の事実は、そのうち、原告から東京郵政局長に宛てゝその主張日時に、その主張のような内容証明郵便による通知があつたことは認めるが、その余の事実は、これを否認する。

三、の事実はそのうち、原告主張のような調停の申し立てがあつたこと並びに、それが不調となつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

なお、原告の請求は次の理由によつて不当である。即ち、

一、原告は本件家屋の明け渡しを受けて、こゝで営業をするのでなければ経済的破綻に瀕する事情にある、というけれども、原告は調停の申し立てをしていた当時から、同年十一月迄訴外日本被服工業株式会社の社長として相当の報酬を得ていたものであつたのみならず、現在にあつても合資会社大丸商会の代表社員として同社の実権を握り、品川区南品川五丁目に建坪約三十坪の本店を、また川崎市堀川町には建坪約五十坪の支店を設けて盛大に家具洋品店を経営しているのであるから、右原告の主張は直ちに納得することができない。却つて、これよりさき、昭和二十二年九月の地代家賃統制令に基く家賃の停止統制額の修正に際し、原告は、同年九月二十三日從來の一箇月金九百円の賃料を一挙に金五千円に値上げの要求をしてきたが、これに対して、東京逓信局としては、法令に基く修正率以上の要求には應じ難い旨の回答をしたところ、その直後に契約解除の申し入れがあつたことがあつて、それが原告主張の調停を経て、本訴請求原因にまで、そのまゝ発展してきているのが、ことの眞相であるから、原告の眞意はむしろ、被告が原告の要求する賃料値上げの要求に應じないから明け渡しを求めるというにあるものと考えられる。このようなことは借家法の精神にも反するところであつて許さるべきものではない。

二、被告側の事情として、原告は被告が賃借後貯金課を併置したと難ずるが、もと保險貯金課という一課が保險及び貯金の二課に分れただけで、実質上において使用目的を増大したわけではない。

また被告の現情としても、現在本局である世田谷郵便局の建物も狭隘を極めているので、本件家屋を明け渡しても、その移轉先にも困り、引いては郵政事務にも支障をきたす虞れがある有様である。本省においては、昭和二十五年度予算中に五百三十坪のコンクリート建局舎の増築費を計上しているが局舎の完成は最少限度昭和二十六年まで要する見込みであるから、その実現を見るまでは明け渡しも不能の状態である。」と述べた。<立証省略>

三、理  由

原告がその所有に係る、主文第一項掲記の家屋を、その主張の日に、主張のような約旨で東京逓信局(その後昭和二十四年より行政機構の改革に伴つて東京郵政局に本件事務の所管が引き継がれている。)に賃貸し、その後原告主張のように契約を更新し、引き続き同局において世田谷郵便局分室として使用してきたこと昭和二十四年六月二十二日原告が東京郵政局長に対して、前記賃貸借契約の約旨に基いて自ら使用する必要があることを理由に、賃貸借契約の期間の更新を拒絶する旨の通知をなし、この通知が同月二十四日同局長に到達していることは、当事者間に、爭いがない。

そこで、進んで、原告の右更新拒絶の正当性の有無について考える。思うに、借家法第一條ノ二に「自ラ使用スルコトヲ必要トスル場合其ノ他正当ノ事由アル場合」とは、賃貸借の当事者が係爭家屋に関して有する利害得喪を廣く一般社会通念に照らして公平に比較衡量したうえで、なお賃貸人につき自ら使用することの必要があると是認せられる場合を指すものであることは、いまや何人も疑いのないところであるから、この趣旨に從つて右原告の更新拒絶の当否を判断する。

先ず、原告が前記更新の拒絶をなすに至つた事情については、成立に爭いのない甲第二号証の一、二、第七号証及び証人井門季雄、同吉岡正治、同岡本虎二郎、同小林達夫の各証言並びに原告本人訊問の結果をまとめて考えると、つぎの事実を認めることができる。

原告は大正年代から家具商を営んでいたが昭和五年一月からはこの家業を拡大して合資会社大丸商会を設立し、自らその代表社員となつて、順次規模を拡大し本件家屋を東京逓信局に賃貸した当時には、同商会は南品川に建坪約三百坪の本店を、蒲田には建坪約百七十坪、川崎には建坪約二百坪、横浜市神奈川には建坪約百六十坪、武藏小山には建坪約二百坪に及ぶ各支店店舗を設けて右本、支店を併せて多数の店員等を雇い盛大な経営を続け、京浜地区における斯業界に相当の地歩を占めていたものであつたが、戰時中の強制疎開や戰災によつて、本件家屋以外の前記各店舗は孰れも喪失し、本件家屋は、被告から公共目的のために賃貸方の協力を求められ(もつともその頃は戰爭の進展に伴い家具小賣販賣も成り立たないため、被告においても、必ずしも営業用としての家屋を必要としなかつたかと思われる。)原告もこれを諒として、被告との間に短期の賃貸借契約を結ぶに至つた。そうして原告は、昭和二十一年五月頃、訴外日本被服工業株式会社の社長として招かれ、暫くこの職にあつたが、昭和二十三年十一月に同社を退社した後は、別段の仕事もなく、結局適当な店舗を開き昔時の経驗を生かして再び家具商を営みたい方針のようである。(被告は、この点に関連して、原告は現に品川と川崎市とにおいて、大丸公司と称し、家具商を営んでおるから、本件家屋を利用しなければならぬ経済状況にあるものと認められぬもののように主張する。しかし、証人山下茂、吉岡正治、岡本正治の各証言によれば、被告主張の大丸公司の経営は、呉阿甘外数名の第三国人の経営とされ、且つ、その経営に原告がある程度参劃していることが認められるに止まり、それが必ずしも原告の実権に属するものと認むべき証拠はない。)ところで原告は本件家屋の外に、肩書地に住宅と世田谷区内貸家二戸を有するが、それは営業に適さないのに反し、本件家屋は、自己の所有に係るものであるうえ賃貸前には同所で家具商を営んでいたこともあるので、場所も、廣さも、また店の構造も極めて適当な條件を具えているので原告としては、いまや再起のため本件家屋の利用を希望すること、極めて切実なものがある。かくして原告は、昭和二十二年十一月頃から被告に対して家屋の明け渡しを交渉し、昭和二十四年六月二十二日に東京郵政局長宛に更新拒絶の通知をするに至つたものである。

これに対して、東京郵政局の側における事情としては、証人小野泰之助の証言によると次のことが認められる。

世田谷本局の局舎は、その取り扱い事務の量や、人員の数に比して狭隘であるため、当初保險分室として賃借し、貯金保險課の事務用にあててきた。その後同課は保險課及び貯金課となり、保險及び貯金の事務を取り扱うため、本件家屋内に大よそ百五、六十名の人員が勤務しているだけでなく、右家屋内和室には、戰災局員の世帶も四世帶程生活している事情であるのでこれらの人員を收容するに足る適当な場所が差し当り得られない。このため世田谷局としても本廳に対して、昭和二十年秋頃から局舎増築の申請を続けているのであるが、予算の関係上、これが実現は早急に望めないのが現情である。

さて、以上認定の双方の事情を比較して考えると、もともと商人である原告にとつて、経済の安定した現在において、商店向として所有する唯一の係爭家屋を自己の営業用にあてる必要の切実さは、十分これを察することができるし、一方被告としても、戰後財政難の折柄でもあり、また現に局舎新設の見透しもつかないときこれを明け渡すことの容易でないことは理解できないではない。さりとて、本件賃貸借は、戰時における短期の、いわば臨時應急の措置であると思料されるところ、既に昭和二十二年中から明け渡しを求め、いま更新拒絶による期間の終了を主張する昭和二十五年中においては、既に終戰後四年余を経過したことでもあつてみれば、原告が切実に自己使用の必要を訴えるにおいては、被告としても、ただかつての契約を固守して、いやしくも国の営む郵便事業に使用する建物新営の予算を得られないとの理由から原告の要求を拒みつづけることのできる筋合ではないから、原告のした更新の拒絶は、結局借家法にいわゆる正当の理由ある場合に該当するものと解することが相当である。

してみれば、原告と東京郵政局との間の本件家屋に対する前掲賃貸借契約は、その更新による期間満了の時である昭和二十五年三月三十一日に先だつ六月ないし一年の間である昭和二十四年六月二十四日になされた更新の拒絶により、みぎ期間の経過と同時に終了したものというべきものである。

よつて、右契約の終了を前提として被告に、本件家屋の明け渡しを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを附さないこととし、主文の通り判決する。

(裁判官 中西彦二郎 西岡悌次 山本進一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!